寄稿・チャリティコンサートによせて(by 小椋)

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Photographed by Kume Miyuki

 

以下、6月14日に行われたチャリティコンサートについて田中知子さんの伴奏を担当しました小椋(おぐら)が書いています。

 

コンサート1ヶ月前。

香港フィルのバイオリニストの田中さんに“僕もプロに混じって弾いてみたいです〜 田中さんの伴奏させてくださーい”と無邪気に言ってみた。生来の鈍感により演奏当日どのような光景が繰り広げられるのかその時は想像もせず、”プロの演奏を間近で聞けてラッキー”くらいにしか考えておらず。練習は楽しく、この時はまだ現実を知らず。

 

コンサート1週間前。

当日は第一線で活躍する音楽家や音楽関係のビジネスにかかわる方が多数お見えになるとの情報。”誰か代わりの伴奏… いません?”と田中さんに泣きつくも、”そりゃいくらでもいるけど、あなたこの前自分で弾きたいって言ってたでしょ、しかも1曲にしとけばって私が忠告したのに3曲ってwww” 僕の顔にちびまる子ちゃん的縦線が1万本。床が突然抜けたかのように足がすくむ。呼吸の仕方を一瞬忘れる。

 

コンサート3日前。

白洲に引っぱり出されるのを待つ罪人の気分。練習で間違えるたびに血の気を失う。来場者は80人との予想。僕は当日80人の遠山の金さんに裁かれるのか… きついなぁ… 金さんたちに、伴奏うまくできないこと、どう言い訳する? 仕事が忙しくて? いや忙しくない。チャリティの準備に追われて? いや追われてない。頭の上で言い訳ばっかり無限ジャグリング。かっこ悪いったらこの上ない。

 

コンサート当日。

香港に数年ぶりの地震が来てチャリティ・イベントが消滅してしまわないか、と移り気な香港の空にむなしく願う。震災復興チャリティをこれから行うというのに地震を願うとは、なんたる不謹慎。しかし窓から見える香港は、期待に反していつも通り。腹立たしいほど圧倒的に、いつも通り。

「緊張してわけわかんなくなったら、ピアノのプラグ抜いちゃって弾いてるフリすればいいのよ〜 私とあなた2人いて私1人は弾いてるんだから2分の1あれば十分よ〜 あはは」本日一番、音に厳しいはずの田中さんも豪放磊落、いつも通り。

 

演奏1時間前。

友人の顔をした遠山の金さんたちが集まりだす。いてもたってもいられず意味もなく歩きまわる僕。金さんたちの心証を良くすればお裁きにも手心を加えて頂けるだろうとの下心から、ご来場の金さんたちに愛想をふりまいてみたり。他愛のない話をしながら、失禁対策用に大人のオムツ買っとくべきだったなと後悔。

 

演奏40分前。

香港フィル会長Y.S. Liu氏の挨拶のあと、松田総領事の挨拶。金さんたちの大きな拍手が続く。

 

演奏30分前。

最初のプログラム、モーツァルトのカルテットが始まる。僕の出番はこのカルテットの次。しかし緊張でカルテットの音が全く耳に入ってこず。いや鼓膜は振動しているが、神経がそれを伝えない。そもそも”プロの生演奏を間近で聞きたい”がために伴奏者として手を上げたんじゃなかったか。しかし今は鍵盤をうまく叩けるかよりも断然、鍵盤の前まで歩いていけるかのほうが心配。あれ? さっきまで自分の心臓の鼓動が目の前のカルテットよりもうるさく聞こえてたのに、聞こえなくなった。もしかして自分でも気付かないうちに死んじゃったのかな俺?

 

演奏1分前。

カルテットが終わり、田中さんと僕の演奏プログラムがコールされる。なんば歩きで鍵盤の前まで到着。すごいぞ俺、一人で歩いてこれた。しかも本来のお白洲では罪人は正座だが、鍵盤が置かれている本日のお白洲には奏者用のイスがある。正座じゃなくてラッキー。正座、苦手なんで助かりマス。

イスに座って、ラの音を田中さんに。”コードで弾いて音をソリストにあげると、プロっぽい”と田中さんに言われたことを真に受けて震える右手でコードD7を押す。この日のために用意したローランド製のステージピアノRD-800がアンプを通して鳴る。田中さん、バイオリンのチューニングをテキパキ終える。僕、頭が真っ白になって曲が始まる前のお辞儀を失念、誰かがクスッと笑った気がした。

 

1曲目、”ふるさと”。

田中さんと目で合図をし、イントロ。鍵盤を押した次の瞬間に脳内スイッチがオン、何かがスパークして先ほどまでの緊張が一気に蒸発。そうだ思い出した、僕は音楽が好きだった。好きなものを好きと言って何が悪い。ソリストの田中さんにこの舞台で恥をかかせるのは申し訳ないけれど、僕は音楽が好きですって主張する資格くらいはあるだろう。

曲の中盤、バイオリンのアルペジオが始まるころには文字通り、調子に乗っていた。音楽が好きです、って鍵盤を通じて伝わったらいいな。田中さんの奏でるバイオリンの緩急になんとかついていく。鍵盤から指を離して曲が終わる。

 

2曲目、”浜辺のうた”。

楽譜、どれだっけ。一瞬で見つかったのに探すフリをして顔をあげて金さんたちをおそるおそる見る。おや? あまり険しい顔をしてらっしゃらない。どうやらお裁きはまだ先の様子。鍵盤に目を落とし、曲の全体をイメージしようとするが、できない。正しいテンポをつかんでいないからだ。そこで田中さんに”テンポください”とお願いする。おいテンポくらい頭に入れておけよ、キホンのキだろと小さな自分が突っ込むが、むちゃくちゃなテンポで弾くよりはいい。

田中さんが1小節分歌ったのを脳味噌のひだに染み込ませ、演奏開始。田中さんの弾く第一コーラスに続き、第二コーラスでは僕が主旋律をユニゾンで弾き田中さんが主旋律にあわせて速いアルペジオを弾く。僕、右手も左手もジャンプが多くミスタッチを連発。あ、今間違えた。あ、また間違えた。田中さんマジですんません。今度ご飯ご馳走しますんでどうか怒らないでください〜 でも好きな音楽が止まらなければまぁヨシとしよう、と開き直り。

2曲目が終わり、田中さんのスピーチが入る。熊本出身の田中さんは現地の惨状を伝え、涙をこらえながらトツトツと、しかし誠実に話す。僕は時折うなずいたりしながら田中さんのスピーチを真剣に聞いてるフリをして鍵盤越しに80人の金さんたちに目をやる。おや? 金さんたち、目もと口もとがすごくお優しい… 田中さんのスピーチが終わり大きな拍手。

 

3曲目、”Kumamoto”。

この曲は田中さん自身が作曲した曲。阿蘇の稜線、澄み切った空気と水、ゆったり流れる時間、そして郷愁。たおやかな熊本を音で表現するなら、この曲以外にないと思わせるような、美しいメロディライン。

伴奏の音はすべて頭の中に入っているが、金さん対策に楽譜立てに楽譜を置く。本当は”Kumamoto”の伴奏譜は全部で5頁あるが、2頁くらい置いとけば大丈夫、僕から見て金さんの顔はだいたい隠れ、金さんの厳しい視線もこの楽譜立てで跳ね返せる。

2頁の切れ端から金さんの顔が見える。しかし… 先ほどと空気がまるで違う。暖かい。あれ? 僕、裁かれるんじゃ? 2メートル先に座ってる音楽家たちから「あのシロウト何やってんだよ、下がれよ」とか言われるんじゃ? むしろ、見守られてる? 感動的なスピーチを終えた田中さんに対する優しい視線がたまたま僕にも向いてるだけかな? いや違う、本当は最初からこの優しい空気だったんだ。僕が勝手に皆さんを遠山の金さんに脳内変換しただけ…

田中さんと作る音を聞いて頂いて本当にありがとうございます。金さんたち、じゃなくてご来場頂いた方々への感謝が心の中で暖かく吹き上がる。田中さんと作った音を受け取ってもらえた。何かを作って誰かに受け取ってもらえるって本当に素敵。

今日の主役、ソリストの田中さんには申し訳ないけれど、迷惑ついでにこのKumamotoは音符も強弱も忘れて思いっきり好きなふうに弾いてやろう。どうせなら最後まで、音楽好きを暑苦しく表現してやろう。

「音楽が好きで、ピアノ弾きます」と親しい友人にすら言ってこなかった理由をその時はっきり自覚した。自分の暑苦しい音楽好きを誰かに主張するのが怖かった。もし僕の拙い音楽を誰も受け取ってくれなければどうしようと怯えていたのだ。

レッスンに通い、たまに内輪の発表会で弾くくらいなら傷つかない。セーフティーゾーンにいられる。「お上手ですね」とお世辞でも誰かが言ってくれたなら、薄っぺらい自意識は大満足。「僕の弾いたショパンは…」「あの時代のベートーヴェンは…」なんて上から目線で知ったかぶりしておけばなお十分。

でも、これじゃ音楽への関わり方があまりにも浅いことくらい承知。閉じられたセーフティーゾーンにいて誰にも批判されず傷つかないかわりに、表現を誰かに受け取ってもらうという無上の喜びも味わえない。

だから今回のように、最上の音楽を魔法のように紡ぎだす人たちと比べ、己の才能のなさに絶望しつつステージにあがり、冷や汗を1リットルかいてなお誰かに自分の音楽好きを伝えようともがき苦しむことこそ、僕にとっての音楽との正しいつきあい方なのだ。

Kumamotoの最後の一小節を弾くとき、”あぁ、楽しい音楽の時間が終わっちゃう”とさびしくなった。しかし曲が完全に終わって田中さんと拍手を受けたとき、自分の音楽好きがその場の空気に少し伝染した気がして嬉しい気持ちになりました。

 

Brace your musicality.

 

自分の中に、表現したい音楽があることを信じる。聞いてくださる人を信頼し、自分の音楽を受け取ってもらえると信じる。田中さんが口からそう言ったわけではないけれど、田中さんのバイオリンは僕にそうささやいてくれていました。

 

陰に陽にリードしてくださった田中さんへ最大限の敬意を表し、この駄文を記します。

ご来場いただきました皆様、お忙しい中会場まで足を運んでくださり、音を受け取っていただいて本当にありがとうございました。また熊本で罹災された方におかれましては、一刻も早くかつての日常に戻れることを祈りつつ、皆様よりお預かりした寄付金は、主催者の一人として責任をもって在香港日本領事館にお届けいたします。

 

小椋 学

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