スクリーン・オーディション

大変ご無沙汰しておりました。

日々の香港フィルでのコンサートに加えて、4月の香港大学でのリサイタル、5月の香港フィルの海外遠征、そして6月のオーディションと練習するもの山積みでした。この数ヶ月、弾いて弾いて弾きまくりの音大生のような生活してました。

オーケストラのオーディション

本日のテーマはオーケストラのオーディションについて、です。皆さんも「オーディション」と言う言葉を耳にした事があると思いますが、

オーケストラのオーディションがどのように行われるのか?

をお話したいと思います。

色んなオーディション形態が有りますが、そのオーケストラの楽団員になりたい場合、 「スクリーンオーディション (Screen Audition)」が一般的です。

スクリーンオーディション は 目隠しオーディション(Blind Audition)” とも呼ばれ、審査員とプレーヤー(演奏者)との間にスクリーンと呼ばれる大きなどんちょうや衝立で仕切りを作り、審査員に誰が演奏しているのか分からないようにします。

こんな感じです。

どうしてそんな事をするか?それは、オーディションで性別や身体的な差別が無いように、またオーディションを受験する奏者と審査員とがたまたまお友達だった場合、不当な合格を阻止しより公平なオーディションを行うためです。

スクリーンの向こうに、今後の音楽家人生を左右する審査員がいる、というわけです。この緊張感は並大抵のものではありません。

オーディションでは、事前に決められた課題曲があります。スクリーンの向こうの審査員にたとえばバイオリンですとバイオリンコンチェルトのバイオリンのソロパートなどです。バロックから現代曲まで、様々な曲が課題曲として指定され、受験者はオーディションの日までにすべての曲に習熟していなければなりません。

オーディションでは、弾いているとスクリーンの向こうから「サンキュー」=「今弾いてる曲やめて、次の曲弾いて」という恐怖のセリフがかけられることが普通です。その「サンキュー」は「うまく弾けてるから次の曲でそれが本当かを確かめたい」という意味のときもあるし「下手だからどんどん弾いてサッサと帰っていいよ」の場合だってあるわけです。

また、受験者はオーディション中に発話することが一切許されません。声が聞こえてしまうと、どの受験者なのかが判別可能となりスクリーンを間に挟んでいる意味がなくなるからです。

このように、オーケストラのスクリーンオーディションは極度の緊張のなか行われるため「死刑台に登るような気分」と評されることがあります。

私のスクリーン・オーディション

今月、オーディションを受験しました。

集合時間に現場入りします。そして練習室で演奏順番を決めるクジ引きを待ちます。アメリカではこのクジは、自分で引きますが、そこには色んなアレンジがあります。

今回クジ運の悪い私は1番を引いてしまい、ウォームアップ(手慣らし)も心の準備も無いまま死刑台に連れてかれました。そこは、コンサートホールとは似ても似つかない雰囲気の暗い、絶対風水悪そうって感じのだだっ広い部屋。ピアノと譜面台と椅子が無造作に置いてある。

ピアノと音を出して調弦して、黒いスクリーンに向かって弾きだしました。コンサートでは大概、音楽のことに集中出来るのですが、オーディションではいつもより気が散るんです。コンサートではお客様の表情を見ながら演奏できますが、スクリーンオーディションでは聴衆の表情を伺うことはできません。

また、課題曲についてもハードルが高い。曲目はオーディション主催者(オーケストラ)側が決めます。こちらが得意な曲を勝手に弾くことはできません。また課題曲はオーケストラ・スタディ (通称オケスタ、orchestra excerpts)といって、オーケストラ曲の一部分だけ、しかも特に難しい部分だけを抜粋したもので弾きにくいんです。

まずはピアノの伴奏付きでヴァイオリンコンチェルトを弾きました。コンチェルト部分をピアノで簡単に置き換えてある曲です。コンチェルトはクラッシック(大抵モーツァルト)から1曲、ロマン派から1曲を選択します。その後、審査員が指定するオケスタを弾きました。

恐怖の「サンキュー」を何度か聞きながら、弾いてる途中で’「そうだ、私このスクリーン・オーディション苦手なんだ」と思い出しました。私はコンサートが好き。オーディションは嫌い。しかし時すでに遅し。嫌いなオーディションでも出来るだけ集中して弾くより仕方ない…

事件発生

何度か恐怖の「サンキュー」を聞いたあと、審査員が次に弾くべき曲名を伝えます。しかしすぐ近くでカラスがカァカァと大きな声を出して過ぎ去っていき、審査員が告げた曲名が聞き取れませんでした。

受験者は「一言も」言葉を発してはいけません。声の主がわかればスクリーンオーディションの公平性を損なうからです。「すいません、カラスが鳴いて聞き取れなかったのでもう一度曲名を言っていただけますでしょうか?」とは言えないのです。

ふつう、このような事件が起こったときに受験者のちかくにオーディション関係者を配置しますが、今回のオーディションにはそのような人がいませんでした。

審査員が発した音声のかすかな断片をもとに、どの曲名を言っていたのか必死で考えるも出てこず。そこで潔くオーディション部屋を出て関係者に課題曲が聞き取れなかった旨伝えて一件落着。なんとか無事オーディションを終えることができました。

しかし音楽の世界、芸事の世界は厳しいです。魅せるパフォーマンスをするということは、ときに死刑台に乗るほどの恐怖と隣合わせであることもあるのです。

スクリーンオーディションというと真っ先に思い出すことがあります。私の知り合いに、オーディション30個受けて全て落選という方がおられます。31回目に受けたオーディションで、ついに合格。そのオケが世界のボストンシンフォニーの首席のポストです

オーディションに落ちたからと言って、決して自分がダメなプレーヤーだ、ということはありません。その日の調子もあるし、受験者の感性がオーディション側のキャラクターに合ってない場合もある。それはきっと、運命の人に出会うのと似たものがあります。オーディションに落ちたからといって諦めずに、次から次へとチャレンジした者にだけ明るい道が開けるのです。それまでに厳しい鍛錬を積むことは前提となりますが。

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