熊本地震 – Kumamoto Earthquake

I would like to say thank you to

People who supported our Kumamoto Earthquake charity concert in 2016,
People who support our MTT MUSIC STUDIO,
And
Kumamoto friends who are trying hard to recover from Kumamoto earthquake .

We will try to support my home town from Hong Kong.
I will play my piece ‘’KUMAMOTO’’ today.🍀🎧

** I will also post here thank you note to people live in Hong Kong
And Macau from Kumamoto Prefectural governor, Mr.Urashima.

2016年熊本地震のチャリティーコンサートでご支援くださった皆様、
MTT MUSIC STUDIOを応援して下さってる皆様、
そして熊本で日々復興を願い力を注いでいる皆様、
心よりお礼申し上げます。

熊本に帰ると倒れないか心配になるくらい復興のために頑張っていらっしゃる方をたくさん見ます。
私たちは一人ではありません。
疲れたら一度立ち止まり一息入れてください。そして助けを求めればいいんです。必ず応援してくれる人いますから。
皆さんが元気でいることが一番大切ですよね。

今日は自作自演のKUMAMOTOをお送りします。この録音は最も被害の大きかった震源地近くの益城文化会館で震災前に収録したものです。素晴らしい益城文化会館でまた弾けますように…

**熊本地震の発生から2年を迎えるのに際し、熊本県の蒲島知事から香港・マカオの方々への御礼メッセージを頂きました。

在香港日本国総領事館ホームページ掲載
日本語版
中国語版

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平昌冬季五輪 羽生結弦の演技

旧正月早々インフルエンザで寝てます。

ボーッとしながら今日のPyeong Chang Olympic の羽生結弦選手の演技を見た。

ショパンの曲に合わせて伸び伸びと踊る羽生選手はとても美しかった。難しいステップなのに動きがしなやか。音楽と一体化していた。

オリンピックでアレだけの演技が出来る彼の努力、集中力、忍耐力を尊敬します。

4年前のオリンピックで出来なかったことを4年間ひたすら克服するために頑張ってきたと言う彼。

パワー頂きました。

どんな言葉よりも、本番で結果を出せる人が勝者ですね。

明日も楽しみです。

私が最も信頼してる相手

この歳まで生きてきたり、色々なコンサートをしていると、色んな方にお会いし、色んな繋がりができ、ときにはお約束ごとも出来ます。

私は潔癖症な所と、ズボラな所両方あります。うーん、お約束ごとについては結構潔癖症です。

話は戻りますが、お約束ごとをしたら一生懸命それを遂行するために頑張ります。でも時には諸事情でそのお約束が達成できない場合があります。相手あってのことですし。自分のせいであっても相手方の都合であっても、約束が守られないとものすごく落ち込みます。

その度に思うこと。私が一番信頼してるのは誰?

私の鏡の様な存在

間違いなく、ヴァイオリンです。

一生懸命練習してると一所懸命ついて来てくれる。コンサート中に人間の声みたいな音を出してくれる。もう感謝しまくりです。

怠けてるとそっぽ向かれる。音程外しまくったり、楽器を弓で削ってしまった事も。🤭

決して嘘つかないです。イタイ存在です。

でも絶対裏切らないからこちらもまじめに向き合わなければいけません。

大変です。

でも有り難い存在ですね。

また4月9日に、大好きな香港大学のミュージアムでコンサート出来ます!ソッポ向かれない様大事にします。😊

エゴと向き合う

音楽の力

音楽が始まる瞬間。

この甘美な時間に、いつもすっかり心を奪われてしまう。楽しく、苦しく、甘く、切ない。およそ人間の心から湧き上がるほとんどの感情がこの瞬間に詰まっているのではないかと思うほどだ。音楽は今から始まり、いずれ終わる。それを知っているから、その曲に詰まった生命力そしてその演奏者が託す思いをすべて感じようと細胞がざわざわする。

これがために人は音楽に魅入られる、とりこになる。いい演奏を聞くと”魂を吸い取られた”と言うことがあるが、この大げさとも思える例えは他に都合のいい表現がないからではない。影響力のある音楽をきくとき、実際に魂を吸い取られてすっかり違う自分になっていることがある。人によっては明るく前向きに、しかし人によっては暗くシニカルに、それまでの魂を吸い取られすっかり入れ替えられてしまうほどの力が音楽にはある。

だからこそ、自分が演奏する側に立ったときには聞いて頂く方にはその音楽の力を十分に味わって欲しいと願う。それは僕が音楽から受け取ってきたものに対するささやかな恩返しでもある。奏者として音楽に託した気持ちが観客に伝わるなら、練習の苦労は吹っ飛ぶ。

今回のクリスマスコンサートではその願いが完全に裏目に出、破綻した。

今も思い出すたびに顔から火が出そうな体験。ただ僕のこの悲惨な体験が誰かの役に立つかもしれない。コンサートから1週間足らずしか経過しておらず心の傷は生々しくかさぶたも取れてない。ただ、この傷は折に触れてその痛みを思い出したほうがいい傷であるという直感はある。それは誰の心にも幾つかある傷で、それ自体が人格の一部となっているような傷。

奈良の実家で日本酒を鎮痛剤として舐めながらこの年の瀬にキーボードを叩く。

20年弾いた曲、2週間しか弾いてない曲

今回のクリスマスコンサートは、前回のコンサートと同様バイオリニストの田中知子さんとのコンサート。10曲程度のレパートリーを1時間少しでこなす。場所は前回のコンサートと同じセントラル・シティホール。100人少しが座れるキャパの小さな、しかし観客席と近いおかげでアットホームな素敵なホールだ。プログラムは新しいレパートリーを数曲入れただけで、他はちょっとしたギグで弾いてきた馴染みのある曲が残り。難易度はそこまで高くはない。

一つだけ新しい点は、僕の5分程度のピアノソロ曲があることだ。フェイ・ウォン(王菲)の我願意というロマンチックな曲のピアノアレンジだ。この曲は20年前に僕が大学生のころに香港にハマるきっかけとなった曲で、事あるごとに弾いてきた大好きな曲。この曲は完全に自分のものにできている自信があった。なにせ20年弾いていて飽きない。

一方プログラムの中には2週間しか準備期間のない伴奏曲ものがあった。上手に弾ききる自信はなかったものの、一つ一つ音を確認してどういう響きを作っていけばいいかを自分なりに考えて練習した。2週間しか練習していないだけに”板につく”までには今回のコンサート以降もさらに研鑽の積まねばならないが、ソリストの田中さんが要求する水準まではなんとか持っていける。

コンサートが始まった。

2週間しか練習していない曲では、練習期間が短かったわりには頭の中がわりとすっきりと整理され「次はこう弾く」というのが音符とともに頭の中に再現された。多少のミスはあったものの、目の前で鳴るピアノの音をフィードバックし曲の表情を変えてみるという冒険をする余裕も、ミスしてもそれを含めて自分自身だと言い聞かせる余裕もあった。音楽は最後まで流れて、田中さんともども拍手をいただけた。有り体に言うと、うまくいった。

プログラムの中盤、僕のソロ曲の番。

20年弾き続けた思い出の曲。間の取り方、盛り上げ方。それら含めて曲の細部まで丁寧に表現できる。もちろん楽譜はいらない。寝てても弾ける。グランドピアノの蓋が全開となり、僕はピアノ椅子にすわって少しだけ目を閉じる。すぐに弾き始めるのでは、聞いている方たちに音楽が始まる前のあの素敵な瞬間を味わってもらえない。僕の好きな曲をたっぷり聞いてもらうには、ちょっとした演出が必要なのだ…

そして20年間そう弾いてきたように、わざとらしくゆっくり鍵盤に指をおろして弾き始める。

しかし。

開始20秒、前奏が終わるころ妙な違和感を感じる。出したい音が出ない。そんな強いタッチで弾いているわけではないのに音はカンカンと硬質で、割れて聞こえる。試みにペダルを必要以上に長く踏んでみるが音が汚く濁っただけで期待した効果は出ない。今弾き終わろうとしている前奏は幻想的で、例えるなら霞がかかった遠景であるべきなのに、実際に出ている音は騒々しいコマーシャルのBGMのよう。どうしよう。こんな演奏では僕が20年親しんできた曲が台無しだ。

僕が聞いてもらいたいのは、こんな音じゃない!

右脳が演奏を拒否し始めた。同時に僕の指はたちまちもつれた。なんとかコントロールを保とうとしたが、一度拒否した右脳は指に全く指示を伝えない。両手が体から切り離されているような感覚。次はラだったか? それともドだったか? 思い出せない。しかし僕の左脳は「20年も弾き込んだ曲で間違いが起こるわけがない」と演奏を続けることを要求した。演奏を拒絶する右脳と演奏を続けたい左脳が大喧嘩を始める。とはいえ肝心の音楽はすでに死んでいる。そんな中、あるイメージが頭の中に生まれた。

僕は浜辺を背にして首くらいまで海水につかっている海の中にいる。もう数歩進めば完全に顔が沈んで呼吸が出来ずに溺れ死ぬ。それが分かっていながら進まざるを得ない。そんな状況に追い込まれている気分になった。

そんなイメージが頭に浮かび上がった後、脳みそがハレーションを起こした。頭の中で何か白いものがスパーク、喉が干上がり、全身が心臓になったのではないかと思うほど脈拍が大きい。海の中に完全に沈み呼吸ができなくなる前に、脳みそが白旗をあげた。そして演奏が完全に止まった。想像の中で溺れ死ぬことと引き換えに。

エゴが産んだ惨事

「ごめんなさい、曲忘れちゃいました」

最後の力を振り絞って鍵盤から手を離し、茫然自失の状態で客席に向かってようやく絞り出した言葉がこれである。その瞬間の僕の顔をカメラで撮れば、フラッシュ焚かずとも真っ白に写っただろう。次にこみあげてきたのが恥ずかしさ、怒り、惨めさ、情けなさ。自分には全く生きている価値がないように感じる、最悪の瞬間。しかしこの場をどうする。観客に「忘れちゃいました」と言ったその後はどうする。

結局、「もう一回同じ曲弾こう」と決め、寝てても弾けるはずなのに本日のソリストの田中さんに楽譜を持ってきてもらい譜めくりをお願いした(ソリストに譜めくりをお願いするなんて聞いたことがない。どういうロジックでそう思い至ったかは自分でも分からない。人はパニックになると本人でも全く想定していない行動に出てしまう)。

どういうふうに弾いたかは記憶にないが、音が鳴って最後まで弾いたということは自分の指は動いていたのだろう。

プログラムは進行する。曲の合間のたび先程の記憶が蘇って引きずり込まれそうになるが残りの曲をなんとかこなし、コンサートは終わった。聴きに来てくださった方からのフィードバックはおおむね好評だったようだ。ようだ、と書いているのは今この時点で自分のあのソロ曲の評価を聞くのが怖すぎて聴きに来てくれた方に直接「どうだった?」と聞く勇気がないからだ。

曲の途中で止まるのは、音楽的には大惨事である。なぜこの大惨事が起こったのか。これは、今のところ自分のエゴが原因だと考えている。

“我願意”にあまりに思い入れが強すぎて曲を意地でも組み伏せてやろう、魂を吸い取られるような良い演奏を聞かせてやろうとする欲、エゴがあったことは間違いなく、一方で2週間しか練習しなかった曲にはエゴはなかった。というより、エゴを曲に塗り込められるほど余裕がなかった。

演奏を思うがままにコントロールしたい。そのエゴが今回の惨事の原因ではないか、というのがおぼろげな結論だ。しかし演奏をコントロールしたいと思うことは演奏者として当然の欲求ではないのか?

エゴを手放す

音楽であれ何であれ、人は生きていくうえで何かを表現する。そしてどんな表現でも熟達に至る道がある。人によってはその表現が仕事の成功であったり、ボランティアでより多くの役に立つことだったりする。その表現方法の熟達を望むのは人として素晴らしいことだ。そういう前向きなエネルギーこそが人を勇気づけ、ひいては社会を活気づける。

ただ、そのエゴが行き過ぎて「コントロールしたい」から「コントロールできるはず」に変わってしまえば、要注意だ。そのエゴはコントロール対象との健全な関係を損なう。コントロールできるはずのことに失敗した場合、対象に怒り、憎み、それを手放してしまう。

この「コントロールしたい」と「コントロールできるはず」は文章にすると自明の境界があるように感じるが、実際の運用においてはその境目はかなり微妙だ。大人になって、いろんな事象をコントロールできるようになってくると「したい」から「できるはず」が多くなる。

今回の演奏も自分にとっては「できるはず」だった。エゴが先に出て、何が何でもコントロールしてやる、自分にはそれができるという驕りがあった。

これが示唆することは大きい。

日々人は自分をコントロールしている。懸命に働くよう自分をコントロールし、抜け目のない判断ができるよう自分をコントロールし、誰かからの評価が上がるよう自分をコントロールする。そのコントロールには「向上したい」とか「より成功したい」というエゴが含まれている。それは決して悪いエゴではない。絶え間ないコントロールを通じて自分という人間を鍛錬していくプロセスは建設的で健康的なエゴである。

ただそうやって生き慣れると、傲慢になる。知っていること、できることに虚心坦懐でい続けることは難しい。日本人ピアニストの内田光子がよく言うように「ピアニスト本人は、自分が演奏する曲を初めて聞く曲のような新鮮な驚きをもって演奏しなければならない」というが、そんな境地に達することなんて一生かかってもできそうにない。弾けば弾くほどほど「よく知っている曲なんだからコントロールできるはずだ」というエゴが必ず頭をもたげてくるからだ。

それでも、今回のエゴがコンサート中に出て悲惨な体験をしたのは良かったと思う。万能感に近い自信を抱えてステージにあがり、1分も経たないうちに自分はこの世でもっともみじめで無力な人間だと感じる機会はそう多くはない。そして来て下さった方には誠に申し訳なく思う。自分のエゴのせいで聞きたくもない音を聞かせ、見たくもない醜態を見せた。ごめんなさい。

音楽が始まる瞬間。

どれだけ練習を積んだ曲でも、その瞬間にできればエゴを手放していたい。もちろんそれは簡単ではない。これからも折に触れて今回の痛みをしっかりと思い出していきたいと思う。

書いてる間に日本酒を一合空けてしまった。皆様、よいお年をお過ごしください。

音楽が廃れない理由は…

人が最後に心の拠り所にする所って何だろう…?

 

昨日ふと考えてました。

 

楽しいことがあった時どうしたい?

…大切な人にそのことを話して楽しみを分かち合いたい

 

悲しい事があった時どうしたい?

…大切な人にそのことを聞いてもらって、

“大丈夫だよ”って安心したい

 

でもその大切な人がそばに居なかったら…

 

その時に聴きたいCDを聴くと思います。思い出の曲であるかもしれません。

 

私は初めてのチャリティーコンサートを開いた時に

 

“人の心を救えるのは人の優しさと音楽だと思います”

 

とスピーチした。

 

今でもそう思います。

 

私は大切な人の心を励ましたいと思って心を込めて演奏したいとその時初めて思ったんです。

取ってつけたような言葉より音楽の方が相手の心にスーッと入る事ができるから。

 

私の住んでる香港は、非常に忙しい街で、みんな一生懸命生きてます。

 

その人たちが合間にイヤホンで音楽を聴いている姿を見て、心の拠り所なんだなあと見守ったりします。

 

心と言うのは、頭では処理できない感情があるのでたまに厄介です。

 

そう言う時に心を癒す音楽って有難いなあとしみじみ思いますよね。

それは人の心が音楽に流れているから…

 

人との心の触れ合いは力を生み出します。

 

 

心が温まって、また頑張ろうって思えるんです。

 

 

音楽聴くの忘れてた方、今日からでも聴いて見ませんか?

KUMAMOTO -教えてくれた事ー

KABテレビでKUMAMOTOの生演奏をする為に帰省した。

7月の熊本訪問からずーっと心のモヤモヤが消えなかった。

熊本の為に何ができるんだろう?と考えても何の答えも見つからなかった。熊本に帰ってどんな風だった?と聞かれても、何を言っても違う気がして何も言えなかった。

そのままテレビ局に突入。

当たり前だけどテレビ局の方々はあの怖い地震を経験されている。

スタッフの方々はただ仕事をこなしているのでは無く、とても分かりやすい進行表を用意してくださり、リハーサル、本番でもこれ以上無いだろうと言う場を提供してくださった。みんなで良い番組作ろう!と言う空間だった。
心を込めてKUMAMOTOを演奏したい。ただそれだけだった。

そうしたら聴いてくださった人たちが、心で聴いてくださった。震災前よりも感慨深い曲になったと言ってくれる人もいた。ほんの一瞬でも心が共感出来た事が嬉しかった。

私には大事な者を失った経験がある。ここで頑張らないといけないと頭では分かっていても、どうしても心と身体が動かなかった時期があった。

それを少しづつ癒してくれたのが、人の優しさと時間と音楽だった。

私ができる事で少しでも私の大事な人達の心に寄り添えたら…と思った。

今回は、熊本の方達から大事な事を教えて頂きました。

私にできる事をやれば良い。

素敵な熊本を大切にしたいと思った。

健太(チャウチャウ)の恋

ウチには超ハイパーで、気の良いチャウチャウ犬、健太がいる。

まだ2歳。ベイビーベイビーしてて、おもちゃで遊ぶのが好き。可愛くて仕方無いのだが、最近様子がおかしい。

健太が毎朝寝室のドアを朝早くからノックして、”バルコニーに出たいんだ〜〜”ってせがむ様になった。無視して寝ててもバルコニーに行けるまでドアをノックし続ける。

バルコニーを出ると、いっつも同じ方向を見てて、突然”ヒューンヒューン”って声を出す。

何だろうと思って一回健太目線でその方角を見た。

な、何と!違うタワーの窓越しに白い小さな犬が居る。あちらも健太に向かって吠えてる様子。まあ、何て吠えてるのかは??

もしかしたら、”うざい!どっか行け!!”って言われてたら、ショックだなあ。


よく見ると白い犬が居た!

朝から晩までずーっとその方角の彼女を眺める様になった。見てる方まで切なくなるほど、ずーっと見てる。

うちのお手伝いさんも見かねてその犬のこと調べてきてくれた。女の子らしい。トホホ…

最初は犬も恋するんだあって感動するだけだったが、来る日も来る日も窓ばっかり見てる健太の一途さに私が落ちてしまいそうになる。

最近草食系とか本物の恋愛が怖いし、面倒くさいと言う若者が続出してると聞く。健太みたいに一途に頑張ったら何とかならないものもなるんじゃ無いかなあ〜と思うのですよ。

まあ、何とかなったらまたご報告しますね。

熊本-報告-

7月に熊本に帰って帰省した時に熊本城と益城を訪問した。

チャリティーコンサートを応援して下さった方々の為にもその時の状況伝えたいと思って、何度もトライしたのだけど、どうしても書けなかった。

写真でその光景は見ていたし、身近な人達からお話も聞いていた。でもその光景を目の当たりにしたら、想像をはるかに超えていて言葉が見つからなかった。

実際の姿は写真よりずっと酷い。熊本のお友達にその写真を迂闊にも見せたら、友達はその時のことを思い出して泣いてしまった。

避難所で暮らしてる被災者の方のただただ外を眺めて微動だに動かない様子を見たときから、書けなくなってしまった。

随分時間が経ちましたが、見て聞いたことだけでもお伝えしようと思います。

7月の雨の中、友達の運転で震源地に一番近かった益城を訪れた。大地震が起きて早3ヶ月が経って居るのに、大雨で地盤が緩んでいる事もあって、その時も一瞬にして家が崩れ去る様子が見られた。友達が、”この家は2日前はまだちゃんと建っていたのに見る影もなくなったなあ”と、普通に言うのを聞いて言葉も出なかった。
戦後の焼け野が原みたいだった。
私がレコーディングしたホールの周りがまさにそんな風景だった。


熊本城の周りを歩いた。
見上げた天守閣の背が低い!!
落ち込んでしまった。実家が熊本城の近く、そして高校は熊本城の敷地内にあるという所で育った私には、この光景が一番ショックだった。小学校の写生大会も遠足も熊本城だった。決して派手ではないけれど、威厳がある熊本城に見守られながら育った私には心の支えが傷ついた様で悲しかった。


私の幼馴染は、突然の地震で寝るところも失った住民を自分の料亭に20人以上泊めていました。自分の睡眠時間も削って被災者の方々の物資援助のため今でも動き回っています。”気づいたら10キロ痩せてた!!”って言って静かに笑ってました。

同級生の女子は地震直後、水の配給場所に3時間並んでやっとお水を3リットルもらったと言います。一回水洗トイレのレバーを引くと12リットルの水が流れる事をその時に知り、水の大切さを知ったと言います。

この地震で断水、家自体が壊れた事により、トイレが大変だったといろんな人から聞いた。犬のフンさえ普段は落ちてない熊本が地震直後は汚れてしまったらしい。その話を聞いたとき、これが事実だよなあと思った。書こうかどうか迷ったけど、事実はそのまま伝えたいと思った。

子供達は突然来た地震の恐怖を味わい、そして避難所暮らしを長い間余儀なくされてしまった。学校も閉鎖され、話す相手もいなくて徐々に発狂する子供も出てきたそうだ。夜に地震が来たために、夜にトイレに一人でいけなくなった子供も多くなったと言う。見かねた大学生が、子供達のために、安全な学校を借り、ボランティアで学習会を開いた。
久々に子供達から笑顔が見られたと聞いた。暗い話の中でこの話は、なぜかとても温かくて印象に残った。
今回の地震で役に立ったもの。それはウェットティッシュだったそうだ。

第一回、報告おわり

嬉しいメッセージ

Dear Ms Tanaka,
Thank you very much for your wonderful performance. We were very moved by the beautiful violin playing. The last song was especially touching. The melody was mixed with sadness and hope. We express our deepest sympathy and condolence towards the victims in the earthquake, and sincerely hope they can stay strong through the toughest moments. We, as Japanese culture lovers and part of the global village, will do our best to support our friends affected in Japan. 
We look forward to listening to your performance again. 

これは香港大学の生徒さんがチャリティーコンサートの後に送ってくれたメッセージ。

これ程嬉しい贈り物は有りません。大変だったけど、熊本の方たちへの想いも伝わっているみたいだし、本当に最後まで頑張って良かった。

音楽ってスーッと聴衆の心に浸透するから思いがより伝わるんですよね。

これからも頑張ります。

ちなみに the last song は自作の Kumamotoです。
Thank you for sharing the music with me.

熊本震災支援チャリティーコンサート その2

昨日一昨日と大雨が降り、災害がさらに増える熊本。行方不明の方も出てきてます。

梅雨到来、地震で不安定になった道路や家屋がさらに崩壊する心配が続出。

1日も早くこのような不安定な生活から脱出出来るように私たちもサポートしたい。

この6月26日(日)に熊本震災支援のチャリティーコンサートがあります。

ここでもKumamotoのほか前回とは違うプログラムで熊本の方々のために演奏します。

お時間のある方、是非ご参加ください!